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福岡高等裁判所 平成9年(ネ)356号 判決

平成九年(ネ)第三一一号事件被控訴人・同年(ネ)第三五六号事件控訴人(以下「一審原告」という)

戸田晃一

右訴訟代理人弁護士

大神周一

吉村敏幸

宇治野みさえ

内田敬子

大谷辰雄

黒木和彰

古閑敬仁

堺祥子

中嶋英博

成瀬裕

林田賢一

古屋令枝

松井仁

松浦恭子

松尾弘志

山崎吉男

吉岡隆典

平成九年(ネ)第三一一号事件控訴人・同年(ネ)第三五六号事件被控訴人(以下「一審被告」という)

野村証券株式会社

右代表者代表取締役

氏家純一

右訴訟代理人弁護士

丸山隆寛

主文

一  一審原告の控訴に基づき、原判決中一審原告に関する部分を次のとおり変更する。

1  一審被告は一審原告に対し、五四六万五〇五五円及びこれに対する平成四年一一月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  一審原告のその余の請求を棄却する。

二  一審被告の控訴を棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを四分し、その一を一審原告の、その余を一審被告の、各負担とする。

四  この判決第一項1は、原判決主文第一項を超える部分について、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  控訴の趣旨

一  一審原告

1  原判決中一審原告に関する部分を次のとおり変更する。

一審被告は一審原告に対し、七七九万二九三七円及びこれに対する平成四年一一月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は第一、二審とも一審被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  一審被告

1  原判決中一審被告敗訴部分を取り消す。

2  一審原告の請求を棄却する。

3  訴訟費用は第一、二審とも一審原告の負担とする。

第二  事案の概要

一  本件は、一審原告が、一審被告とのワラント取引に際し、一審被告従業員の違法な勧誘行為により損害を被ったと主張して、一審被告に対し、不法行為(使用者責任)もしくは債務不履行による損害賠償を請求した事案である。

二  争いのない事実、証拠(甲一〇〇、一〇一、一〇三ないし一〇九、一一〇の1ないし26、一一一、乙二、三の1ないし3、五の1、一七、一〇〇の1、2、一〇一ないし一〇三、一〇四の1ないし6、一〇五、一〇六、一〇七の1、2、一〇八ないし一一三、原審証人有井俊昭、原審における一審原告)及び弁論の全趣旨により認められる事実

1  一審原告の株取引経験

(一) 一審原告(昭和三〇年三月一日生)は、もと地場大手の家電製品販売業者である株式会社ベスト電器に勤務し、昭和五八年三月に独立してエアコン等の家電機器の設置、修理等を目的とする有限会社トダ電設を設立し、自宅を事務所とし、従業員は雇用せずに一人でベスト電器の下請の仕事をしていた。

(二) 一審原告は、昭和六三年二月一五日、一審被告福岡支店に証券取引口座を開設し、同日、ベスト電器の社員持株制度により保有していた同社の株式三一三八株を預け入れて取引を開始し、平成元年三月、右株式を約六四七万円で売却し、日産自動車の二〇〇〇株を約二九一万円、三菱電器の三〇〇〇株を約三一八万円で買い付けたのを初めとして、一審被告を通じ、自ら銘柄を選定して株取引を行うようになり、平成三年三月初めころまでの間に、合計五銘柄、一〇回の買いと売りの株式取引を行い、約一九万円の利益を得、約八二万円の損失を被った。

(三) 一審被告福岡支店における一審原告の担当者は、証券取引外務員の資格を持たない古賀玲子(以下「古賀」という)であり、古賀は、一審原告から株式売買の注文を受けたつど、これを社内の外務員資格を有する従業員に引き継いでいたが、一審原告は、これによる注文執行の遅滞につき、一審被告に苦情を申し立てたことがあった。

2  一審原告と一審被告のワラント取引

(一) 平成三年四月一〇日ころ、外務員資格を持つ一審被告従業員の有井俊昭(以下「有井」という)は、古賀に代わって一審原告の担当となり、一審原告に挨拶の電話をした。

(二) 同月一七日午前九時三〇分ころ、有井は、山陽特殊製鋼のワラントの購入を勧めるため、一審原告の自宅に電話したところ、仕事で外出中の一審原告に代わって一審原告の妻が応答したため、同女に対し、一審原告と連絡を取りたい旨を告げた。妻からポケットベルの呼出しを受けた一審原告が、外出先の公衆電話から有井に電話をかけたところ、有井は、ワラントについての説明をしたうえ、右ワラントの購入を勧誘し、一審原告は、その場で、保有していた日産自動車の五〇〇〇株及び間組の三〇〇〇株を損切り処分し(損失合計二三〇万円余)、その売却金で右ワラントを購入することを承諾し、山陽特殊製鋼のドル建ワラント(額面金額五〇〇〇ドル、権利行使期限平成五年七月七日)五五単位(以下「本件ワラント」という)を代金七〇九万二九三七円(一九ポイント)(当時の為替レートは一ドル135.75円)で購入した。

(三) 一審被告は、翌一八日、右売買についての取引報告書を一審原告に送付した。右報告書には、右売買の内容が記載されており、償還日の欄には、一九九三年七月七日との記載がある。

(四) 山陽特殊製鋼の株価は、同年一月一六日の四五〇円から上昇し始め、同年四月八日に八四〇円の最高値をつけた後、下落傾向に転じ、同月一七日には七九〇円まで値を下げていた。本件ワラントの時価は、右株価とほぼ連動し、同年一月一六日の3.5ポイントから上昇し始め、同年四月一二日に最高値の一九ポイントに達し、これが同月一七日まで続いていた。

3  その後の経過

(一) 一審原告は、同年四月一九日、一審被告から日本証券業協会発行のワラント取引説明書及び一審被告作成のワラント取引説明書の送付を受けたので、これを読み、ワラントは権利行使期間経過後は無価値となること、株式の取引に比べ、ハイリスク・ハイリターンの取引であること等を知り、有井に電話をかけて苦情を申し述べた。これに対し、有井は、ワラントの権利行使期間は五年であり、それまでに売却すれば、無価値となることはない旨説明したため、一審原告は、取引確認書に署名押印して一審被告に返送した。

(二) 一審被告は一審原告に対し、同年四月三〇日付の口座明細の報告書を送付した。右報告書には、本件ワラントの権利行使期限が平成五年七月七日である旨記載されていたが、一審原告は、これについて有井に問い質すこともなく、平成三年五月二二日ころ、証券の残高明細について異議がない旨の回答書を一審被告に返送した。

(三) 同月三一日付で、一審被告は一審原告に対し、本件ワラントの時価が12.5ポイント、四七三万八五九四円である旨を記載した時価評価のお知らせと題する書面を送付した。

当時、一審被告は、ワラントを保有する顧客に対し、毎年二月、八月、一一月の各月末時点における保有ワラントの時価評価額を記載した「お知らせ」を送付していたため、一審原告に対しては、右のとおり、五月末日時点のものから送付することとなった。

なお、右「お知らせ」の裏面には、ワラントについての簡単な説明が記載されている。

同年八月三〇日付で、一審被告は一審原告に対し、本件ワラントの時価が0.25ポイント、九万四二九一円であり、権利行使最終受付日が平成五年六月二四日である旨が記載された時価評価のお知らせを送付した。これを見た一審原告は、直ちに、有井に電話で「七〇〇万円で買ったものが九万円になってしまったではないか。一体どういうことだ」と苦情を申し立てた。そこで、有井は、翌日、初めて一審原告の自宅を訪問し、本件ワラントの価格動向の予測が外れたことにつき謝罪した。

(四) 本件ワラントは、山陽特殊製鋼の株価とほぼ連動し、同年一〇月ころには六ポイント、約二〇〇万円まで値を戻したが、同年末には1.75ポイント、平成四年一月下旬からは一ポイント、同年三月中旬からは0.5ポイント、同年八月初旬以降は0.25ポイントに下落した。

平成五年七月七日、本件ワラントは、権利行使期間を徒過して無価値となった。

4  ワラント取引の特質

(一) ワラントは、昭和五六年の商法改正で創設された新株引受権付社債制度の下で発行される分離型新株引受権付社債(ワラント債)の社債部分から切り離された新株引受権ないしこれを表象する証券であり、発行会社の新株を、一定期間(権利行使期間)内に、一定の価格(権利行使価格)で、一定の数量(権利行使株数。一ワラント当たりの払込金額を権利行使価格で除したもの)購入することのできる権利であって、ワラント取引は、株式の現物取引等に比し、次のような特質がある。

(1) 権利行使期間の制約

ワラントは、発行会社の新株を購入することができる権利であるから、この新株引受権を行使することができることはいうまでもないが、これを行使しないで、ワラントを売却することにより、ワラント自体の値上がり益を取得することもできる。しかし、これには、あらかじめ四年から六年の幅で権利行使期間が定められており、この期間を経過してしまうと、これらの権利行使ができなくなって、ワラントは無価値になる。

そればかりでなく、ワラントの発行会社の株価が権利行使価格を下回っているときに新株引受権を行使することは経済的合理性がないから、株価が権利行使価格を下回っているワラントは、権利行使の残存期間が短くなれば、その間の株価上昇期待分が少なくなるだけ、評価が下がって取引されにくくなり、売却が困難となる。ちなみに、権利行使期間が二年を切るようになった銘柄は、取り引きされる割合が大きく低下する傾向が認められる。

(2) 価格変動の大きさと価格変動予測の困難性

ワラントの権利行使価格は、ワラント債発行の条件を決定する際の株価に一定割合を上乗せした価格で定められるところ、ワラントが投資の対象となり得るのは、将来、新株引受権の行使により、時価より低い権利行使価格で株式を取得し、その株式を時価で売却して差益を取得できる場合があるからであって、ワラントの投資価値は、将来、株式が権利行使価格より値上がりする見通しを前提にして成り立つことになる。ところで、右にいうワラントの価格形成における理論価格(パリティ)は、株価と権利行使価格の差額によって決まるが、現実のワラントの市場価格は、右パリティと将来の株価上昇に対する投資家の思惑、需要と供給の関係等の複雑な要因によって生じるプレミアム価格とによって形成され、変動する。このように、ワラントの市場価格は、基本的には株価の上下に連動して変動するが、その変動率は、株価の変動率より格段に大きく、株式の値動きに比べてその数倍の幅で上下することがある(ギアリング効果)。また、外貨建ワラントの場合は、売却する際の価格は、為替変動の影響を受けるため、為替変動のリスクが加わることになる。

右に述べたところから、ワラントの価格変動の予測は困難であるといわざるを得ない。

(二) 右に述べたとおり、ワラント取引は、同額の資金で株式の現物取引をする場合に比し、より少ない金額でキャピタルゲインを獲得できる可能性があるという意味でハイリターンな金融商品といえるが、一般の投資家にとっては、ワラント価格の変動の幅は大きく、変動の予測が困難であることに加えて、権利行使期間の制約が存在し、投資資金の全額を失う可能性があるから、高いリスクを伴うことは明らかであり、投機的な色彩の強い商品であるということができる。

三  当事者の主張

(一審原告)

1 適合性原則違反

(一) 証券会社は、投資家に証券投資を勧誘するにあたり、投資家の意向、投資経験及び能力等に適合した投資が行われるよう配慮しなければならないところ、外貨建ワラントは、仕組みが複雑で、取引価格が多様な要因に左右され、価格変動が不安定な商品であり、これらの事情を十分理解していない者が投資の対象とするには危険が大きすぎるから、証券会社による不適格者に対する外貨建ワラント取引の勧誘は違法と評価されるべきである。

(二) 一審原告は、実質的には零細な個人事業主にすぎず、株式取引を始めたばかりの未熟な投資家であり、外貨建ワラントの特質を理解していなかったのであるから、有井の一審原告に対する本件ワラント購入の勧誘は、適合性の原則に違反し、違法である。

2 説明義務違反

(一) 証券会社は、顧客に対し危険性の高い新商品の取引を勧誘するに際しては、信義則ないしは商慣習法に基づき、顧客に対し、当該商品の特質、危険性に関する事項を明確に説明し、理解させるべき義務を負うところ、外貨建ワラントは、平成三年四月当時、わが国内における取引の実績がほとんどなく、権利行使期間が経過した場合はもとより、右期間内でも、株価が権利行使価格以下に下落した場合、無価値となる危険があり、予測の困難な要素の影響により大きく価格が変動し、株式市況のような、時価の動向を把握するための指標が十分ではなく、証券会社と投資家の相対取引により売買されるため、価格の形成過程が不透明であり、為替相場の変動による影響も受ける等の特質、危険性が周知されておらず、個人投資家が損害を被る危険性が高い商品であったのであるから、証券会社が顧客に外貨建ワラントの購入を勧誘するにあたり、右の特質、危険性を具体的に説明しなかったときは、右勧誘行為は違法性を帯びる。

(二) 有井は、一審原告に対し、電話で五、六分ほど簡略な説明をしたのみで、購入の対象が外貨建ワラントであることさえ説明しなかったのであるから、有井の本件ワラント購入の勧誘は、右説明義務に違反し、違法である。

3 断定的判断の提供、虚偽の表示、誤解を生じさせる行為

(一) 証券会社は、顧客に有価証券の取引を勧誘するに際し、価格が騰貴する等の断定的判断を提供し、虚偽の表示もしくは誤解を生じさせる行為をしてはならず、これに違反する勧誘は、証券取引法に抵触する違法行為となる。

(二) 有井は、一審原告に本件ワラントの購入を勧誘するにあたり、「古賀が迷惑をかけたので、それを取り戻すために上司から特別の枠をもらっている」「早急に買わないと、枠がなくなる」「短期で取り戻せるので、半年くらいみておいて下さい」と申し向け、購入後の一審原告の問い合わせに対しても「(ワラントの価値は)理論上はゼロになることもあるが、行使期限が五年あるので、ゼロになることはない」「上司がくれた枠というのは本当である」と述べたものであり、右行為は証券取引法に違反する。

(一審被告)

1 証券取引の勧誘につき適合性の原則が存することは争わないが、一審原告は、昭和六三年に株式取引を開始して以来、書籍を読んで研究しつつ、自己の判断で銘柄を選定して取引を反復継続し、実際に約二三〇万円の損失を被ったこともあり、証券取引の危険性につき十分な知識と経験を有していた者であり、新聞記事等により、ワラントに関する知識も有していたから、同人に対するワラント購入の勧誘は、適合性の原則に違反しない。

2 投資家は、自らの判断と責任において、投資の対象となる商品の特質、危険性等について調査し、これに基づいて投資活動を行い、利益を享受し、損失を負担するべきであり(自己責任の原則)、また、ワラントがいわゆるハイリスク・ハイリターンの商品であることは一般的に周知されていた。

有井は、一審原告に対し、売買の対象が山陽特殊製鋼のワラントであり、新株引受権であること、株価とワラントの値動きとの関係等について説明したのであり、一審原告主張のような違法な勧誘は行っていない。

3 仮に有井の勧誘に違法性があったとしても、

(一) 一審原告は、購入の翌日付で一審被告から送付されたワラント取引説明書の記載内容により、ワラントの特質、危険性について十分認識、理解したうえ、自己の判断に基づいて、本件ワラントを保有することを決定したのであるから、有井の右勧誘行為と因果関係のある一審原告の損害は、同日までの本件ワラントの価格下落分(八八万一一〇〇円)のみである。

(二) 一審原告は、本件ワラントの価格が、いったん約九万円まで下落した後、平成三年一〇月には約二〇〇万円まで戻したことを知っていたのに、売却せずに保有していたのであるから、これ以後拡大した損害は、有井の勧誘行為とは因果関係がない。

第三  当裁判所の判断

一  本件ワラント取引勧誘の違法性について

1  証券会社及びその従業員は、投資家に対し証券取引を勧誘するに当たっては、投資家の職業、年齢、証券取引に関する知識、経験、資力等に照らして、当該証券取引による利益やリスクに関する的確な情報の提供や説明を行い、投資家がこれについて正しい理解をしたうえで、その自主的な判断に基づいて当該取引を行うか否かを決することができるように配慮すべき信義則上の義務(以下「説明義務」という)を負うというべきであり、証券会社及びその従業員が右義務に違反して取引勧誘を行ったために、投資家が損害を被ったときは、不法行為となり、損害賠償義務を免れないというべきである。

2  前記のとおり、一審原告は、昭和三〇年三月一日生の男性で、会社を設立して、家電機器の設置、修理等をしており、自己の判断に基づいて株式取引を行ってきた。その取引の回数は、約二年間に一〇回であり、一回の金額も三〇〇万円程度ではあったが、自主的な判断のもとに取引を行っていたのであって、主体的な判断に基づいてその取引を行うかどうかを決定する能力をもっていたということができる。しかしながら、一審原告はワラント取引の経験はなかったのであるから、有井が本件ワラントの購入を勧誘するに当たっては、ワラント取引についての的確な説明をしなければならないことはいうまでもない。特に、本件ワラントの権利行使期間の残存期間は二年二か月余にすぎないのであるから、有井は、本件ワラントの購入を勧誘するに当たり、右の権利行使期間及び右期間経過後は無価値になることを説明すべきであったといわなければならない。有井が、本件ワラントの購入を勧誘したのは、前認定のとおり、口頭によるものであり、しかも、仕事で外出中の一審原告との電話による短時間の会話(原審における一審原告の供述により、わずか六分間程度と認められる。この点につき、有井は、原審において、約三〇分間説明して勧誘したと供述するが、外出中の一審原告がかけた電話で、三〇分間も会話するとは考えられず、右供述は信用できない)であり、その中で、ワラント取引の経験が全くない一審原告に対し、同人が、株式の現物取引と比較したワラント取引について正しく理解し、その自主的な判断に基づいて取引を行うか否かを決することができるような説明がなされたとはとうてい考えられず、有井も行使期間の経過により無価値になる旨の説明はしていないと供述(原審)している。

さらに、有井が本件取引を行うに当たって、自主規制として、証券業協会の会員に対し、その遵守が義務づけられている、取引説明書の事前交付や取引確認書の徴求を怠っていたことは前述のとおりである。

次に、有井が一審原告に対し、本件ワラント取引を勧誘した際の説明方法についてみるに、原審における一審原告は、有井は、古賀が株取引について迷惑をかけた顧客に、損失を取り戻してもらうため、上司から枠をもらっている、短い期間でかなりの部分を取り戻せる、急いで決めてもらいたいなどと述べたため、一審原告は、有井の右申し出を、株取引の損失補填のようなものと考え、即時に購入を承諾した旨供述し、甲一〇〇(一審原告の陳述書)にも同旨の記載がある。これに対し、原審証人有井は、右の発言はしていない旨供述する。

前記のとおり、一審原告は、電話での短時間の会話だけで、即時に本件ワラントの購入を承諾したこと、翌々日に、取引説明書の送付を受けて、ワラントがハイリスクの商品であることを知り、直ちに苦情を申し述べていること等の前記認定事実に照らすと、一審原告の右供述は信用できる。

有井の右発言のうち、①本件ワラント取引により、一審原告の株取引の損失を短期間で取り戻すことが可能であるという点は、本件ワラントの価格が上昇することが確実であることをほのめかし、一審原告に、利益を生じる可能性の高い、極めて有利な取引であるという期待を抱かせるに十分であったと認められ、②上司から特別の枠をもらっているという点は、本件ワラント取引が、一般の取引ではない、特別な利益の提供であるかのような印象を与えるものであり、③急いで決める必要があるという点と相俟ち、一審原告に、本件ワラントの購入希望者が多いため、躊躇していてはせっかくの機会を逃すおそれがあること、ひいては、慎重に検討する必要もないほど有利な取引であると信じさせるに足りる言辞であったと認められる。

3 右に認定、説示したところを総合すると、一審被告の従業員の有井は、一審原告に対し本件ワラント取引の勧誘をするに当たって、本件ワラント取引による利益やリスクに関する的確な情報の提供や説明をし、一審原告がこれについて正しく理解したうえで、その自主的な判断に基づいて本件ワラント取引を行うか否かを決することができるように配慮すべき信義則上の義務(説明義務)に違反して、本件ワラント取引の勧誘を行ったというべきである。

4  なお、一審原告は、未熟な投資家の一審原告に対し外貨建ワラントを勧誘することは、適合性の原則に違反し、違法である旨主張する。

しかしながら、一審原告は、前示のとおり、株式取引については既に相当の経験を有し、自らの運用方針のもとに、自主的、主体的な判断に基づいて取引をするか否かを決する能力をもっていた者であり、また、本件ワラント取引における購入代金額の約七〇〇万円の投資は、それが無価値となってしまう危険があることを考慮してもなお、直ちに一審原告の財政状態に適合しないものとも断じがたい。

むしろ、一審原告は、ワラント取引について的確な情報の提供や説明がされれば、ワラント取引の特質を正しく理解し、その自主的な判断に基づいてワラント取引をするか否かを決することができる者と認められるので、一審原告の右主張は理由がない。

二  一審原告の損害について

1  前記のとおり、一審原告は、有井の前記不法行為により、本件ワラントの購入価格相当額である七〇九万二九三七円の損害を被ったと認められる。

一審被告は、一審原告が、右購入後、本件ワラントの価格動向をみて、適時に売却していれば、損害の拡大を防止することが可能であったから、拡大後の損害は有井の不法行為とは相当因果関係がない旨主張する。しかし、ワラントが、価格の下落や権利行使期間の経過により無価値となることは、通常、予見することが可能であり、本件の場合、有井は、ワラント取引の経験のない一審原告が売却の時期を失して権利行使期間を徒過してしまうことは十分予想できたと認められるから、一審被告の右主張は採用できない。

2  過失相殺

投資活動は投資家が自己の判断と責任のもとに行うのが本則であり、一審原告は、株式投資の経験を有していたのであるから、証券投資に通常伴う損失の危険に留意すべきであったし、ワラントの基本的知識がなかったのであれば、有井から即決を促されたとはいえ、有井の勧誘を鵜呑みにするのではなく、購入の決定を若干遅らせても、基礎的な調査と検討をしたうえで判断すべきであったのであり、これが不可能な状況であったとは認められない。また、一審原告が慎重さを欠いて購入の決定をしたのは、有井の勧誘を一種の損失補填の申し出と受け取ったことが大きな要因になっていたと推認され、公正でない取引によって通常では得られない利益を得ようとしたために、軽率な購入決定をしたものといわざるを得ない。これらの事情と有井の違法な勧誘の態様等を総合勘案すると、一審原告の過失割合を三割と認めるのが相当である。

したがって、過失相殺後の一審原告の損害額は四九六万五〇五五円となる。

3  弁護士費用

本件事案の内容等一切の事情を考慮すると、有井の右不法行為と相当因果関係のある弁護士費用相当損害額は五〇万円と認めるのが相当である。

第四  結論

よって、一審原告の請求は、一審被告に対し、五四六万五〇五五円及びこれに対する平成四年一一月一七日(不法行為の後の本件訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は理由がないから、一審原告の控訴に基づき、原判決を主文第一項のとおり変更し、一審被告の控訴を棄却する。

(裁判長裁判官下方元子 裁判官池谷泉 裁判官川久保政德)

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